クラウドERP市場の将来を細かく多角的に分析する
エンタープライズ ソフトウェアの世界では、クラウドの存在感が大きくなっています。ERPベンダーはほぼすべて、クラウドでERPソフトウェアを提供しています。さらに、SAP社のように、オンプレミスのデプロイメントのサポート終了を予定しているベンダーもあります。しかし、主要プロバイダーとなっているクラウドERPの市場規模はどれくらいなのでしょうか。また、それはIBM i 顧客にとって、どのような意味があるのでしょうか。
まず、ERP全体の世界市場は、どれくらいの規模なのでしょうか。これは重要な質問ですが、正確な答えは分かりません。ERP(エンタープライズ リソース プランニング)ソフトウェアとはどういうものかという定義はいくぶん曖昧であり、また、料金の分割払いのスケジュールによって、支払い額をある特定の年度に割り当てることが難しいこともあります。
世界で最も評判の高いITアナリスト グループの1つであるGartner社は、 今年始めに 、2023年のERPの世界市場規模は510億ドルで、前年比伸び率は14%と述べています。残念なことに、『 IT Jungle』が契約していた、このコネチカット州の名高い調査会社のプラチナ サブスクリプションは有効期限切れになってしまったようなので、レポート全体の内容をお伝えすることはできなくなりました。したがって、より多くのデータに当たるために、他の調査会社のデータを参照してみることとします。
Fortune Business Insights社のデータによれば、2023年のERPの世界市場は、714億ドル規模だということです。今年は812億ドル規模となり、14.1%の年平均成長率(CAGR: Compound Annual Growth Rate)で伸び、2032年には2,388億ドルに達すると同調査会社は述べています。
また、Fortune Business Insights社は、クラウドERPの世界市場についても知見を紹介しています。同社の最新データ(先月更新)によれば、このセグメントは、2023年には500億ドル規模であり、今年は572億ドル規模となり、2032年には1,810億ドルに達し、予測期間中の年平均成長率(CAGR)は15.5%となると述べています。
では、クラウドはどのくらいの割合を占めているのでしょうか。Fortune Business Insights社のデータで計算してみると、2023年の世界のERPへの支出の69.8%はクラウド ソリューションに対してであり、オンプレミスに対する支出は30.2%ということになるかと思われます。2024年の割合は、70.4%がクラウド、29.6%がオンプレミスで、2032年の割合は、75.9%がクラウド、24.1%がオンプレミスと予測されます。
この計算データは、Panorama Consulting Group社のデータとほぼ合致します。同社が昨年公開した、「 The 2023 ERP Report 」と題するレポートでは、2023年におけるERPのクラウド デプロイメントとオンプレミス デプロイメントの割合は、64.5%がクラウド、35.5%がオンプレミスとされています。また、これは、 Niche Research社による最近のレポートともおおよそ同じです。同レポートでは、2023年のERPのオンプレミス デプロイメントの市場シェアは約43%とされています。
また、市場規模をもっと大きく推定している調査会社もあるようです。 Markets and Markets 社のデータでは、2023年のクラウドERPの世界市場規模を722億ドルとしています。そして、2028年には1,305億ドルまで増大するということです(年平均成長率(CAGR)は12.6%)。最も大きい推定は Statista社のデータであり、それによれば、2022年のERPの世界市場は1,050億ドル規模で、今年は1,070億ドル規模と予測されています(成長率は1%と緩やかです)。
ERPをどう定義するかにかかわらず、ビジネスクリティカルなエンタープライズ ソフトウェアをクラウドで稼働することに、すでにまったく不安を感じなくなっていることは明らかなようです。 SelectHub 社による最近の調査では、ERPの導入を検討している企業の約95%が、クラウドで稼働することに抵抗感がないということです。一方、50%はオンプレミスでの導入も検討していると述べています。
大規模なクラウドERPソリューションに関する最近の IDC MarketScapeレポートで、アナリストのMickey North Rizza氏は、クラウドへの移行をレガシー システムのモダナイゼーションの1つの形態として喩えています。
「今なおレガシー システムを稼働している組織は、2025年の初めまでに、すでに彼らを圧倒しているデジタル世界を生き延びて適応するために、速やかにアプリケーションをモダナイズする必要があるとIDC社は考えます」とRizza氏は記しています。「イノベーションのペースは上がっており、AI、ML、NLP、チャットボット、RPA、および生成AIに重点を置いているERPベンダーは、デジタルな未来に向けて熟慮すべき極めて重要なパートナーです。」
しかし、ERPソフトウェアを稼働するための最善の場所はクラウドであると、誰もが納得しているわけではありません。Panorama Consulting Group社の2023年版のレポートによると、セキュリティ侵害のリスク、統合にまつわる懸念、およびデータ損失のリスクが、ERPをオンプレミスに置いたままにしている主な要因となっているということでした。そして、一部の組織は、クラウドで稼働しているERPソリューションの機能が成熟しているとは思っていないようです。
「誰もが皆、クラウドへ移行しようとしているとERPベンダーは信じ込ませようとしますが、そんなことはありません」と、同コンサルティング グループはレポートで述べています。「実際、多くのベンダーのクラウド機能は、一部の組織にとっては十分に堅牢とは言えないため、そのような組織はオンプレミスのソフトウェアを選んでいます。」
とりわけ、SAP社は、クラウドへ向けての強行進軍で非難を浴びています。SAP Business SuiteおよびSAP ERP Central Component(SAP ECC)のオンプレミス デプロイメントに対するメインストリーム サポートを2027年に終了(2030年までサポートを延長するオプション有り)しようとしているSAP社は、その大規模なインストール ベースに、SAP S/4 HANA Cloudを導入してもらおうと目論んでいます。同社では、マイグレーションを支援するために、RISE with SAPプログラムもリリースしています。
しかし、SAP社のBusiness Suiteの既存顧客の多くは、S/4 HANAには、必要とする機能が備わっていないと述べています。これらの顧客が言うところでは、クラウドベースのERPシステムはカスタマイズすることができないことから、競争上不利な状況に置かれてしまうということです。IBM i およびPower Systemsで、Business Suiteおよび前身のR/3ソフトウェアを稼働している顧客は約1,500社に上るため、この問題はミッドレンジの顧客にも影響が及びます。
サポート終了日を延期した後、数年間、SAP社はその日付を変更していません。SAP社は、クラウドベースのERPソフトウェアへ向けての強行進軍をやり遂げるつもりのようです。そしてSAP社は、クラウドへの移行を、顧客のビジネスを前に進めるチャンスと表現しています。
サポート終了についての2020年のSAP社の発表は、「次世代の最新ソリューションへの移行が必要であるというお客様へのお知らせでもあります」と、SAP社のSAP S/4 HANA開発担当プレジデントのJan Gilg氏は、先週の SAPブログの記事 で記しています。「SAP Business Suite 7の2027年および2030年の保守サービス終了を単なるSAP側の決定事項と捉えるのではなく、お客様の事業が直面しているさまざまな難題への取り組みを進め、将来の市場機会を逃さないための戦略的チャンスだと捉えていただければ幸いです。」
ERPデプロイメントのうち、クラウドが占める割合は増え続けるように思われます。たとえば、生成AI、自然言語インターフェース、先進的アナリティクス、およびロボティック プロセス オートメーション(RPA)など、新しい機能を顧客が利用できる場合は、特にそうなるでしょう。現時点での、クラウド デプロイメントとオンプレミス デプロイメントとの割合からは、クラウドがすでに金額的にも大半を占めていることが見て取れ、それが時間とともに増えて行くことが予想されます。
しかし、こうした傾向に逆らい、独自のソフトウェアを稼働することにこだわる組織も、常に一定数はあるようです。個々の企業に合わせてERPシステムを高度にカスタマイズできることは、伝統的にERP分野における競争優位性の大きな源泉となってきました。プログラマーやアナリストが、長年にわたって、ERPソース コードに手を加えてきたIBMミッドレンジでは、なおさらそう言えます。
こうした力のせめぎ合いが、どのように展開して行くのかは興味深いものがあります。AIのような最先端の機能を導入したいという要求は間違いなく強力ですが、カスタマイゼーションを通じて競合差別化を図りたいという要求も強力です。また、旧式のERPソフトウェアをモダナイズする必要性も大きな要因となります。OpExビジネス モデルへ移行したいというCFOの要求も同様です。さらに、IBM i のショップは、クラウドに近付きつつある、このプラットフォームの将来像も考慮に入れています。
CIOというのは、心配事を抱えているのが常でした。そして、クラウド ベンダーがどのようなことを言って来ようと、今日でも、それは何ら変わりません。