IT雑感:劇的な変化に備える
それほど昔のことではありませんが、コンピューター サイエンスの学位を取得すれば、良い仕事や、充実したキャリア形成の機会が保証されたも同然という時代がありました。テクノロジー業界は成長著しく、しきりに人材を求めていました。優れた選手を奪い合うプロスポーツチームのように、契約金という形で魅力的な条件を提示する企業さえありました。働き始めて間もない頃、私も新車のコンバーチブルを買えるほどの多額の契約金を提示されました。契約交渉をするまでもなく、それは福利厚生の一部に過ぎませんでした。
しかし、業界を取り巻く環境は様変わりし、IT専門職は、見つけるのも、保持し続けるのも難しくなっています。テクノロジー企業は、ここ数年の間に何十万もの人員を削減しています。2年以上前の『 ワシントン ポスト 』紙の記事の見出しは、今日の状況を予見していたようです。すなわち、「 長きにわたった、テクノロジー系労働者が思いのままに仕事を選ぶことができた時代はもう終わった 」 高度な技能を有する専門家が 多くなり過ぎていて、減少傾向にある仕事を奪い合うようになっています。問題の発端はAIです。
歴史上、新しいテクノロジーが生まれると、関連する様々な仕事が生み出されました。たとえば、内燃機関は、自動車製造業、ショールーム、修理工場、ガス・石油産業、道路建設業などを生み出しました。企業の成功の1つの尺度は、従業員を増やす必要性が生じることでした。従業員を増やすということは、行える仕事が増えるということであり、仕事が増えるということは利益が増えるということでした。
しかし、AIは、その逆が当てはまる初めてのテクノロジーかもしれません。このテクノロジーの成果や有用性は、どれだけ多くの仕事を生み出せるかではなく、どれだけ削減できるかで評価されることもあるからです。そして、その数は世界全体で見れば驚くべき数になります。McKinsey & Company社(米国の多国籍戦略・経営コンサルティング ファーム)は、2030年までに、4億~8億人の仕事が失われると推定しています(米国だけでは240万)。レジ係、データ入力オペレーター、電話セールス、コール センター業務など、特別なスキルを必要としない、反復作業の多い、自動化が容易な職種は、急速に消滅することになります。しかし、AIが高度化するにつれて、AIが活用される範囲は、十分に教育を受け、高度な技能を身に付けた専門家がこれまで担っていた分野にまで拡がりつつあります。診断医学の分野でAIが成果を上げているのは、そうした例の1つです。
ITの領域に関して言えば、AIがコードを書くことができることは周知の通りです。ただし、複雑なプログラミングの場合、品質および安全性の保証の観点から、人間が補助することが推奨されます。とはいえ、作家、実業家であり、大統領選挙に出馬したこともあるAndrew Yang氏は、たとえば、プログラマーを6人雇用している企業の場合、AIの作業を監視し、必要に応じて改善を行う担当者を1人だけ残して、あとの5人は解雇するようになるかもしれないと予測しています。
実のところ、最近では、数多くのCEOおよびAI開発者が、AIが開発され、公開されるペースの速さに対して懸念を表明するようになっています。
まず、Amazon社CEOのAndy Jassy氏は、「Less is More(少ないことは、多いこと)」(このケースでは、より少ない人員でより多くのテクノロジーを活用する)という考えを基にして組織の再構築に取り組んできました。彼は先日、従業員向けのメッセージで、従業員はAIツールの様々な活用の仕方を学んで、「より機動力のある無駄のないチームで、より多くのことを行う方法」を探る必要があると述べています。「より機動力のある無駄のないチーム」というのは、この文脈では、「より小規模なチーム」ということを意味します。
先月、フィンテック企業、Klarna社CEOのSebastian Siemiatkowski氏は、「AIへの投資と自然減により、40%の人員を削減しました」と述べています(40%というのは驚くほどの削減幅ですが、「自然減」はあまり関係ないように思われます)。いずれにしても、同社は、人間のスタッフだけでは提供することが見込めないサービスを提供するようになっています。顧客が、毎日24時間、どの言語でも、どのようなことでも尋ねることができるAIアシスタントがその一例です。
Anthropic社の共同創業者でCEOのDario Amodei氏は、初歩的なレベルの仕事の半分が今後5年以内に消滅し、結果として失業率は10%~20%まで上昇すると予測しています。
雇用喪失はすでに起こり始めており、大卒者の就職難も報じられています。失業(あるいは不完全雇用)がもたらす社会的損失は多々ありますが、中でも一番深刻なのは目標の損失です(特に若者にとっては深刻です)。しかし、テクノロジー業界に入ったばかりの大学新卒者であれ、IT業界20年のベテランであれ、耳を傾けるべきメッセージは明確です。すなわち、「劇的な変化に備えよ」ということです。そう遠くない将来には、AIができない仕事を行うには、高度な技能を身に付けていなければならなくなるでしょう。
しかし、AIがもたらす大混乱は、職や雇用を取り巻く環境に止まりません。
AIの第一人者として知られる、ノーベル賞受賞者のGeoffrey Hinton氏は、人類が知性の頂点でなくなったときに人類にもたらされる危険性について長年にわたって警鐘を鳴らしてきました。Hinton氏の1つ目の懸念は、意図的なAIの悪用です。人間の本性というものを考えると、これは防ぐことができないことなのかもしれません。インターネット詐欺であれ、ディープ フェイクであれ、金融機関を機能停止させ、送電網を麻痺させるサイバー攻撃であれ、警察国家による市民監視を促進するシステムであれ、AI悪用の機会はいくらでもあります。
また、Hinton氏は、AIが賢くなり過ぎたときにどのようなことが起こるかについても心配しています。AIの知性が人類を上回り、人類の重要性が低下したときに、どのようなことが起こるでしょうか。1つの可能性は、AIが、社会が依存するようになっているサービスを提供しなければならないと思わなくなってしまうことです。スキルの低い人々は、AIによって妨害物と見なされる可能性もあります。Hinton氏は、悪辣な国家が、あるいはAIそのものが、ほぼすべての人類を消滅し得る、致死性が高く、感染力が強いウイルスを開発してしまう可能性についても懸念しています。折しも、最近行われた実験では、一部の最新のOpenAIシステムは、シャット ダウンの命令を拒否したということです。万一、人類はAIの利益に反する存在であるとAIが判断したとしたら、どのようなことが起こるでしょうか。
もうひとつのHinton氏の懸念は、自己判断で人間を殺害する自律飛行型ドローンや戦場ロボットです。戦争の犠牲者となる人間が限定されることは、強国による弱小国への侵攻を助長するだけだと彼は考えます。毎晩の兵士の遺体収納袋のニュース映像が、壊れたボルトやコンピューター チップの収納袋の映像に置き換わるとしたら、侵攻側の国が背負うリスクは少なくて済むようになり、死傷した兵士の帰還が延々と続くことに対する一般市民の抗議の声も小さくなるでしょう。
最後に、Hinton氏は、AIを悪用した選挙介入についても懸念しています。「AIスロップ」というのは、元々は低品質なメディアを言い表すのに使用された言葉でした。しかし、今ではどこにでもあり、より巧妙化し、作りやすくなり、見分けづらくなっています。AIスロップは、巧みに情報操作を行い、客観的現実を皆で共有するという概念を徐々に破壊します。Hinton氏は、AIに対する規制による制限を強く訴えていますが、現在の政治情勢ではほぼ不可能であることも認めています。
数か月前、教育省長官のLinda McMahon氏は、教育イノベーションがテーマのカンファレンスでのスピーチで、AIを何度も「A1」と言い間違えたことが話題となりました(「A1」と言えばステーキ ソースが有名ですが)。ちなみに、彼女は、元々はプロレスのプロモーターでしたが、どういうわけか今では米国教育省長官を務めています。
もしかしたら、AIがどのような形で人類に害を及ぼす可能性があるかについて、1つ1つ、くよくよ心配する必要はないのかもしれません。実際、私たちは、すでにAIをうまく使いこなせているのですから。
