IBM i のウンチクを語ろう
~ その74: Power10新モデル発表
皆さん、こんにちは。先の7月12日にPower10プロセッサ搭載スケールアウト・モデル、いわゆるローエンド・モデルが発表された事は多くの方がご存知と思います。5月3日のIBM i バージョン7.5に続く製品発表であり、これで次の世代を担う新たなハードウェアとソフトウェアが出揃ったことになります。今回のコラムでは、発表情報から新モデルの特徴を読み解いてまいります。
モデル・ラインナップ概要
従来機の中で出荷台数が最も多いモデルはS914でしょう。例えばこの番号が何を意味しているかを知れば、新旧モデルの対比がわかり易くなります。「S」はScale-out(スケール・アウト)、「9」はPower9プロセッサ、「1」はプロセッサ最大搭載数が1ソケットであること、「4」はラック搭載時の高さが4U(約17.78cm)であることを意味しています。実は極めて機能的に名付けられているのです。
新モデルはPower10プロセッサ搭載であることから、「9」は「10」に置き換わります。システム構成に大きな違いはないので他の部分はそのまま踏襲され、結果的にS914の後継はS1014として登場します。同様にS924の後継はS1024、S922の後継はS1022です。ただS1022については、その下位バージョンとしてS1022sも登場しています。ここでS1022とS1022sの違いがわかりにくいかもしれません。一見どちらも同じプロセッサ搭載、ソケット数も最大2で同じ、ラック搭載時の高さも2Uと共通です。実はプロセッサ・モジュール内の構成に違いがあります。
PCでもそうなのですが、機械のカバーをあけて基盤部を覗こうとすると、大抵は武骨な形状の金属の塊が目に入ります。プロセッサの熱を効率的に逃がすためのヒートシンクです。迂闊に手を出すべきではありませんが、もしこれを外したら現れるはずの、基盤に取り付けられている平たいパッケージがプロセッサ・モジュールです。これがソケットに該当する部分です。さすがに破壊しない限りこの中を覗くことはできませんが、トランジスタ回路が多数刻まれた金属片であるPower10プロセッサ・チップが入っています。モデルS1014とS1022sではこのチップがソケットあたり一つ、S1024とS1022では二つ内包されています。
この違いはシステムとしての拡張性の違いをもたらします。S1014は1ソケット・システムなので8コア、S1022sは2ソケットなので16コアがそれぞれ最大構成であり、これらはエントリ機として位置付けられます。一方S1022の最大構成は40コア、S1024は48コアと拡張性が追求されています。そしてこれらモデルにおいてはDynamic Capacity、すなわち需要に応じて利用するプロセッサ・コア数を増減できる一方で、その量と時間に応じてメーカーへの支払額が決定される仕組みを適用することができます。オンプレミスでありながら従量課金制であることから、この利用形態をPower Private Cloudとも呼びます。
念のためですが、上記以外にも3モデルが同時に発表されています。Linux向けに最適化されIBM i もサポートできるL1022とL1024、IBM i をサポートしないミッドレンジ機であるE1050です。これらはいずれもIBM i を主力とはしていない、または対象外であることから、このコラムでは脇に置いておきたいと思います。
IBM i バージョン互換性
今回発表されたスケールアウト・モデル群は、IBM i 7.5、7.4 TR6、7.3 TR12の3バージョンをサポートします。過去の資料を見ると、バージョン7.3に関しては個別のPTFによって新モデルをサポートするものと想定されていたのですが、結局TR12に落ち着いたようです。元々TRは最新と一つ前のバージョンを対象にリリースされる、すなわち本来ならばバージョン7.5と7.4のみがその対象になるはずなのですが、Power10スケールアウト・モデル向けには例外措置が取られたようです。
いずれにせよ、IBM i のバージョン・アップグレードを伴わずに新モデルを利用できる可能性が高まるのは、歓迎するべきことです。とは言ったところで製品を提供する立場としては、可能な限り新バージョンを試していただきたい、というのが本音ですが。
構成上の変更点
今回発表された新モデルはシステム・ユニット内にSASインターフェースを備えていないために、内蔵ストレージとしてHDD(ハードディスク・ドライブ)またはSSD(Solid State Drive)を利用することはできません。サポートされるのはNVMeのみです。歴史的に見ると、ストレージとして長年主力の座にあったHDDを、SSDが十数年前から徐々に置換え始めておりました。さらに数年前にはNVMeが普及し始めており、Power10搭載機がこの流れを決定的なものにしたことになります。
HDDがSSDへと置き換わった背景にあるのは、記憶素子としてのパフォーマンス向上です。プロセッサやメモリのパフォーマンス向上が著しい中、機械的な動きに頼るHDDではもはや改善を見込める状況にはありませんでした。これをフラッシュメモリに置き換えることで高速化を図ったのがSSDです。当時のサーバーは旧来のディスク搭載を前提にSAS(Serial Attached SCSI)インターフェースを備えるのが一般的でしたので、新しいフラッシュメモリがSASをそのまま利用できれば普及に弾みがつきます。すなわちSSDとはSASインターフェースを備えたフラッシュメモリだと言うことができます。パフォーマンス以外にも、ディスクを常に回転させ続ける必要は無いので消費電力量を削減できること、機械稼働部分が無いので部品としての信頼性が高くなることもメリットです。
SSD同様にNVMeも記憶素子としてフラッシュメモリを採用していますが、インターフェースをSASからPCIeに置き換えることで更なる高速化を図っています。例えば今回発表された新モデルにおけるPCIeのデータ転送レートは秒速16または32GBであるのに対して、SASでは秒速3GBに留まります。さらにフラッシュメモリの大容量化が進み、いわゆるメガバイト単価が改善されてきていること、SASアダプタが不要になるためにハードウェアコストを削減できることも普及を後押ししています。PCにおいても、似たような状況にありますね。
モデル構成についてもう一点留意しておきたいのは、S1014には6コア構成が無いことです。旧来のS914は4・6・8コアの3構成が用意されていたのに対して、S1014では4・8コア構成のみがサポートされます。そして4コア構成においては、最大メモリ容量64GB、最大内蔵NVMe容量6.4TB、拡張ドロワーを接続できないこと、は旧来のS914と同様の制約です。
パフォーマンス
新モデルである以上はパフォーマンスに目を向けないわけにはいきません。プロセッサ構成毎に公開されておりますので、詳細はIBMが公開しているドキュメント(英語)を参照いただくとして、ここでは出荷台数が最多であろう4コア搭載モデルに着目したいと思います。IBM i のパフォーマンス指標であるCPW値は、テクノロジー世代毎に以下のように伸びています。
モデル | テクノロジー | CPW | 前世代からの伸び率 |
---|---|---|---|
S814 4-コア | Power8 | 37,440 | + 32%* |
S914 4-コア | Power9 | 52,500 | + 40% |
S1014 4-コア | Power10 | 106,300 | + 102% |
S1014のS914に対するCPW伸び率は極めて大きなものです。上表にも見られるように、世代進化によるパフォーマンス伸び率は概ね30-40%程度というのが大雑把な理解だったのですが、二倍以上というのは過去に記憶がありません。
「構成上の変更点」のパートで述べましたように、S1014の特徴の一つは内蔵ストレージとしてNVMeが標準であることです。これに対してS914が登場した当初は、HDDかSSDというSASインターフェースを備えたデバイスのみが利用可能でした。その後に登場したS914強化版においてNVMeは選択可能になったのですが、旧来デバイスも利用可能である事からCPW値はそのまま据え置かれておりました。これに対して、S1014の標準ストレージであるNVMeではSASの5-10倍以上のデータ転送レートを活用できるという点が強みです。そしてCPWは商用を想定したベンチマーク・プログラムに基づいていますので、ストレージにも比較的多くの負荷がかかります。すなわちS1014のCPWの伸びには、高いパフォーマンスをたたきだすPower10プロセッサとNVMeストレージの両者が大きく寄与しているのではないかと考えています。
おわりに
このコラムではここまで何回かに分けて、ソフトウェア、製品戦略(ホワイトペーパー)、ハードウェアの各観点から新製品の概要を追ってまいりました。概要に留まってはおりましたが、これらを通じて次の世代を担うにふさわしいIBM i の革新性をうまくお伝えすることはできましたでしょうか。そして機能強化はこれで終わりではなく、年に二度リリースされるTR(テクノロジー・リフレッシュ)を通じて、今後もさらなる成長を続けるはずです。必ずしも直ちにというわけにはいかないかもしれませんが、発表されたばかりの新製品を、皆様の業務を支えビジネスに変革をもたらすためのインフラとして活用いただけることを願っております。
ではまた。