IBM i のウンチクを語ろう
~ その38:2024年に訪れる通信の「崖」
皆さん、こんにちは。これまでIBM i とそれにまつわるネタを提供してまいりましたが、無視するわけにはいかないのは重々承知の上でありながら、なかなか手が出なかった話題があります。2024年になる前までには何とかしなければならない、全銀とかJCAといった基幹業務に関わるデータ通信の問題です。通信手順のサポート終了であったり、回線サービスの提供終了であったり、通信アダプタ・カードの営業活動終了であったり、関連する様々な事象が絡み合っています。断片的な説明はあちこちにあるのですが、要するにどのようなシステム・通信環境だとどのような影響を受けるのか、受けないのか、全貌を把握するのは意外に難しいようです。
そもそも私自身について白状すると、この手の話題に対して苦手意識を持っています。古くはSNAやTCP/IPに始まってOSIの7階層など、「一般教養」として机上で理屈を眺めているだけでは最初は何となくわかった様な気になるのですが、難易度が上がってくると、どうせ必要性もあまり無さそうだから、と自分に言い訳をして適当なところで終わってしまうのを何度か繰り返しました。これまで通信にあまり関わってこなかった、関わらずに済んだのも事実ですが、今度ばかりは多くのIBM i ユーザーにも影響が及ぶ可能性があり、そうも言っていられそうにありません。課題があり、対策も概ね出揃いつつあるので、今のうちから将来に備えて早目に注意を促しておこう、というのが今回コラムの狙いです。私の方も、専門家のアドバイスをもらいながら断片を繋ぎ合わせて全体像を作ってみて、概要を把握できるようになった(と信じている)ところでもあります。事は通信ですから必ず相手があり、自社の都合にしたがって対策を打てば済むというものでもありませんが、2023年末という明確な期限があります。
まずは何が起こるのかを、いくつかのテクノロジーの寿命の観点から見ていきたいと思います。
おそらく最も世間を賑わわせたのは、NTT東日本・西日本各社がISDN(商品名は「INSネット」)デジタル通信モードの提供を2024年1月付けで終了する旨を、2017年10月17日に発表したことでしょう。既存の固定電話網について、中継・信号交換機の維持限界が来るために、IP網へと移行する事がその背景にあります。提供終了ですからサポートの終了とは違って、自分でリスクを負うのでも構わないから旧来どおり回線を使い続けたい、という意向は通用しません。回避策、すなわちNTT発表資料で言うところの補完策は用意されますが、試した方によると、パフォーマンスは概ね数10%以上、最悪で100%近く劣化する事もあったそうです。提供期間も無期限ではないので、いずれは正規の別手段に移行しなければなりません。止むを得ない状況に追い込まれるのでもない限り、補完策に頼る前提で計画を立てるのは避けた方が良さそうです。
同期通信アダプタ・カード(Bisync Adapter)の営業活動終了がIBM社から発表されたのは、2018年8月7日および同年9月11日でした。対象となるハードウェア構成によって二つに分かれており、どちらも即日発効です。世界的にも従来型のアダプタからEthernetへの移行が進んでおり、日本においては市場動向に鑑みて営業活動終了が延期されていたのですが、これをもって入手できなくなります。今後どうしても必要であれば、中古品を探す事になります。
上記の影響を受けるのは、JCA(日本チェーンストア協会:Japan Chain Stores Association)と全銀(一般社団法人全国銀行協会)が定めるデータ通信の各手順です。JCA手順は昔からあるベーシック手順(IBMが定めたBSC:Binary Synchronous Communicationを標準化したもの)に基づいて、小売業と卸売業・メーカーとの間のデータ送受信の方法を取り決めたものです。古い手順ではありますが、当カラム執筆時点でサポート終了の発表はなされていません。後継として位置付けられるのは流通BMS(Business Message Standards:ビジネスメッセージ標準)であり、インターネットを利用し、サーバー方式を採用する大企業向けのebXML MSないしEDIINT AS2、クライアント方式で低価格のJXといった手順に基づいています。全銀手順は各企業と銀行との間のデータ送受信方法を取り決めたものであり、当初の全銀ベーシック手順に加えて、全銀TCP/IP手順、全銀TCP/IP手順・広域IP網と新たなオプションが加わっています。前者二つはISDNデジタル通信の提供終了と時を同じくして2024年以降はサポートされなくなり、全銀TCP/IP手順・広域IP網だけが残り、全銀EDIを構成します。そして各企業と全銀EDIとの間でもJX手順が利用できます。
以下の表は現状において考えられる組合せと、影響を受ける箇所を一覧にまとめたものです。左端の番号は便宜上割り当てた組合せ番号であり、グレーのセルは営業活動終了、提供終了、サポート終了などの事情により、今後は選択できなくなるものです。例えば項目2は、JCA手順を利用するための組合せとして、サーバーに同期通信アダプタをインストールし、ターミナル・アダプタ経由でISDNデジタル通信網に接続する構成を表しています。そして上記のとおり同期通信アダプタは営業活動終了済み、ISDNデジタル通信は2023年末までで提供が終了しますので、今後この組み合わせを実現・維持することはできなくなります。
通信手順 | アダプタ・ハードウェア | 通信機器 | ネットワーク | |
---|---|---|---|---|
1 | JCA | 同期通信アダプタ | アナログ・モデム | 固定電話網 |
2 | JCA | 同期通信アダプタ | ターミナル・アダプタ | ISDNデジタル通信 |
3 | JCA | Ethernet + UST | アナログ・モデム | 固定電話網 |
4 | JCA | Ethernet + UST | ターミナル・アダプタ | ISDNデジタル通信 |
5 | 全銀ベーシック | 同期通信アダプタ | アナログ・モデム | 固定電話網 |
6 | 全銀ベーシック | 同期通信アダプタ | ターミナル・アダプタ | ISDNデジタル通信 |
7 | 全銀ベーシック | Ethernet + UST | アナログ・モデム | 固定電話網 |
8 | 全銀ベーシック | Ethernet + UST | ターミナル・アダプタ | ISDNデジタル通信 | 9 | 全銀TCP/IP | Ethernet | ダイアルアップ・ルータ | 固定電話網 |
10 | 全銀TCP/IP | Ethernet | ダイアルアップ・ルータ | ISDNデジタル通信 |
もう少し詳しく見ていきましょう。
項目1~4のJCA手順の利用にあたって、IBM i ユーザーの多くは、Toolbox for IBM i などのJCA手順をサポートするパッケージを採用しています。同期通信アダプタからモデムに接続し固定電話網を利用するか(項目1)、同じく同期通信アダプタからTA(ターミナル・アダプタ)に接続しISDNデジタル通信網を利用するか(項目2)、といった構成が主流だと思います。
同期通信アダプタに代えてEthernetを利用するためには、Toolbox for IBM i に加えてToolbox for USTをインストールし、USTマルチプロトコル・コンバータというハードウェアを経由して、モデムまたはTAに接続します。(UST はセイコーソリューションズ株式会社の登録商標です。)項目3は1のバリエーション、4は2のバリエーションです。従来には不要だった外付けハードウェアを設置する事になるので、数多くの回線を必要とする場合を除けば、このような構成を採用するユーザーは限定的です。表が示すとおり、JCA手順を利用するために2024年以降も「生き残る」構成は、項目3のみです。既に同期通信アダプタを入手済み、もしくは中古品入手の目処がついているのであれば、項目1の組合せでも当面はしのげます。ほとんどのユーザーは新たな環境に移行しなければなりません。
項目5~10にある全銀手順の利用にあたって、IBM i ユーザーの多くは、Toolbox for IBM i などの全銀ベーシックないし全銀TCP/IP手順をサポートするパッケージを採用しています。項目5~8の全銀ベーシック手順は、同じベーシック手順を前提にしていることから、項目1~4のJCA手順とほぼ同様の構成・条件となっていることがわかります。項目9~10の全銀TCP/IP手順については、JCA TCP/IP手順は存在しないので相当するものはありません。どちらもダイアルアップ・ルータを経由して固定電話網かISDNデジタル通信網に入ります。全銀ベーシックおよび全銀TCP/IP共にサポートが終了するので、現行の全銀の構成は「全滅」です。
2024年に備えるにはどうすれば良いのでしょうか。流通BMSないし全銀EDIの利用を前提とするとして、それらに直接接続するのか、EDIサーバーを経由するのかという大雑把に二通りの方法が考えられます。直接接続においては、電文形式が変わるのでアプリケーションに多少手を入れる必要がありますが、JX手順を前提にしたIBM i 用パッケージが既にあります。Toolbox for i のファミリー製品であるToolbox JXクライアントやACMS Apex / B2Bが利用可能です。EDIサーバーを経由するには、ACMS Lite Neoを利用して自社内に環境を構築するか、クラウド上にあるサービスを利用するのであればクラウドEDI-Platformが候補になります。各社の思惑に合う製品やサービスをご選択ください。
2023年末前までに、日本中のほぼ全てのユーザーは、既存のJCAや全銀を中心としたネットワーク環境を見直し刷新する必要があります。動き始めているところも、これからのところもあるでしょう。後継の手段は既に用意されていますので、通信相手とも協議しながら、期限に遅れる事無く確実な移行計画を立案・実施いただければと思います。ベル・データでもサポートしておりますよ。
ではまた
(2020/4/14)当コラム公開後にToolbox全銀TLS+が利用可能になっています。 製品選択にあたっては「ISDNディジタル通信モード終了に伴いEDIアプリケーションを見直したい」を参照ください。