主要ERP製品の生成AI組み込み状況
生成AIは、Gartnerのハイプ曲線で言えば、今もなお頂上付近に位置しています。実績と資金がある大企業と、時間と野心があるスタートアップ企業は生成AIで成功を収めようとしていますが、多くの組織は、まだ計画および導入段階にあるようです。同じことはERPベンダーにも言えます。ERPベンダーは生成AIへの取り組みを始めてはいるものの、大幅な導入の拡大が見込まれるのは、この先何年かのことのようです。
メインフレーム時代の黎明期から、コンピューターは、それ以前は人力で行われていた作業を自動化してきました。書類をデジタル化できるようになると、大勢の書類整理係は必要なくなりました。組織全体で業務アクティビティを連携できる、大規模な一元集中型のスイート製品が標準的になったERP時代には、自動化のトレンドが加速しました。そして生成AI時代を迎えて、私たちは、次の自動化のトレンドの最先端にいます。
大規模言語モデル(LLM)を非常に魅力的にさせているものは、言葉を使って行う広範な作業を自動化できる実証済みの機能です。知識労働者、すなわち数字や言葉をこき使って生計を立てている人々は、生成AIの照準スコープに真正面から狙われています。言語理解および内容把握タスクが単純になるほど、作業の一部を行えるように生成AIモデルをトレーニングするのは容易になります(科学技術ジャーナリストにはとって幸いなことに、生成AIは、自分自身について理性的に記述できるほど十分な自己認識を持っていません。今のところは)。
大手ERPベンダーは、常にテクノロジー導入の最先端にいるわけではありません。しかし、LLMの能力は非常に魅力的であるため、あらゆるERPベンダーが、生成AI戦略について少なくとも何らかのことは口にしています。
ここでは、IBM i ERP界のビッグスリーである、Infor社、Oracle社、およびSAP社によって提供されている生成AI製品について、ざっと見てみようと思います。
Infor
IBM i ベースのERPソフトウェアの最大手プロバイダーであるInfor社は、顧客の「極めて高い生産性を引き出す」と同社が言うところの生成AIに、すべてを注力しています。同社が押し進めているのは、主力の2つの生成AI製品、Infor Embedded ExperiencesとInfor GenAI Assistantです。
Embedded Experiencesでは、Infor社は、Infor CloudSuite ERP製品の調達、プロジェクト管理、運用、財務、販売、およびHR機能のERPワークフローに、生成AI機能を直接組み込んでいます。この生成AIソフトウェアは、インサイトの要約をユーザーに代って自動作成し、ユーザーに自動提供する機能などを備えています。
Embedded Experiencesは、プロジェクトのエグゼクティブ サマリーの作成、契約履行状況の一覧表示、またはメール、注文書、請求書の別の言語への翻訳に利用できると、Infor社のソリューション マーケティング担当ディレクター、Benton Li氏は 10月のブログ記事で記しています。
10月発表の最新製品であるGenAI Assistantは、Infor CloudSuite顧客とデータとのインタラクションをよりパワフルにするように設計された独立したオファリングです。これにより、顧客はInfor ERPアプリケーションに保存されているデータ全体を照会することが可能になるとInfor社は述べています。これは、本質的には、テキストからSQLへのジェネレーター(Text-to-SQLジェネレーター)であり、たとえば、「地域が「IND(インディアナ州)」で、私が管理担当となっている有効な契約をすべてリスト アップしてください」といった自然言語での問い合わせを、データベースによって実行できるSQLに変換します。
Infor社の生成AI製品は、Amazon Bedrock(基盤モデルをトレーニングおよび提供するためのAWSサービス)上で稼働し、ERPシステムの統合ポイントとしてInfor OSを利用します。Infor社のIBM i 製品はInfor OSと統合することができますが、Infor社が同社の生成AI製品をそれらの製品に統合するための作業を行っているかどうかは現時点では不明です。
Embedded Experiencesは、10月に一般向け利用可能になり、幅広いCloudSuite製品全般でサポートされています。一方、GenAI Assistantは、現時点では、Infor LN、Infor PLM Discrete、Infor HCM、Infor WFM、およびInfor FSM製品での利用に限定されています。
Oracle
「ビッグ レッド」とも呼ばれるOracle社は、データベース、データ ウェアハウス、同社のクラウド オファリング、および主力製品のOracle Fusion Cloud Applicationsなど、同社製品全般にわたって従来型AIおよび生成AIの両方を統合するための包括的なアプローチを取ってきました。
Oracle社の 幅広い生成AIオファリング には、Oracle Fusion Cloud Applicationsに組み込まれている生成AI機能も含まれています。顧客は、Oracleシステムに保存してあるデータで生成AIモデルをトレーニングして、インサイトを提供したり、ピッチや契約書など、顧客向けのコンテンツを生成したりすることができます。また、同社は、様々なCloud Fusion製品で、福利厚生アナリスト エージェント、セールス オートメーション エージェント、およびドキュメントIOエージェントを提供していることから、エージェント型AI(Agentic AI)に関しては時代を先取りしていると言えるでしょう。
DIY派のユーザーは、JupyterLabベースの環境でデータ サイエンティストがPythonで独自のカスタム モデルを構築およびトレーニングできる、OCI Data ScienceなどのOracle Cloud Infrastructure(OCI)サービスを活用することができます。また、同社では、OCI Speech、OCI Vision、およびOCI Anomaly Detectionなど、顧客が自分に合いそうなものを選んで利用できる、個別パッケージ式の生成AI製品も提供しています。たとえば、OCI Generative Agentsを使用すれば、顧客は、RAG(検索拡張生成: Retrieval-Augmented Generation)手法を利用して、リクエストのコンテキストを狭めたり、ハルシネーションのレスポンスの可能性を減らしたりすることもできます。
また、Oracle社は、Oracle Database 23aiにベクトル検索機能を統合しています。これにより、キーワード マッチングが提供できるものより優れた検索エクスペリエンスが顧客にもたらされます。HeatWave GenAIは、ベクトル データベースを備えたインデータベースLLMであり、顧客がデータベースと自然言語で対話できるように設計されています。これは、OCIおよび他のクラウド(AzureおよびAWS)で利用可能です。最後に、Oracle社は、テキストからSQLへの変換、RAG、およびセマンティック類似性検索機能を備えた、Autonomous Database Select AIも提供しています。
Oracle社のアプローチは、IT業界アナリストから評価を受けていると同社は述べます。Oracle社の共通アーキテクチャーは「組織が既存のビジネス オペレーションで生成AIを導入するプロセスを大幅に簡略化します」と、Gartner社のITアナリスト兼VPのRitu Jyoti氏は述べています。また、theCUBE Research社のチーフ アナリスト、Dave Vellante氏は、Oracle社の生成AIに対する「フル スタック アプローチ」は、「顧客のビジネス価値に直結します」と述べています。
Oracle社の、追加設定なしですぐに使える生成AI製品は、同社のOracle Fusion Cloud Applicationsでの作業に限定されているように思われます。Oracle社は、同社のJD Edwards Worldインストール ベースを他の製品へ移行させようとしているため、それらに対する生成AI対応が行われないことは明らかです(技術的にLLMが5250インターフェースを稼働できない理由はないのですが)。生成AI機能を利用するには、JD Edwards EnterpriseOne顧客でさえも、Fusion Cloudへ移行する必要があります。 Oracle社が10月に公開したEnterpriseOne Release 25では、生成AIについては何も触れていませんでした。
SAP
他の大手ERPベンダーと同様に、SAP社は、オートメーションを強化する手段として、同社のアプリケーション全般にわたって生成AIを全面的に採用してきました。SAP社は、Joule(ジュール)と呼ばれる生成AIコパイロットだけでなく、SAP Business AIという名前で、様々なアプリケーション向けに、様々な生成AIポイント製品を提供しています。
SAP社の生成AIポイント ソリューションの例としては、同社のクラウドERPソリューションで発表された、ドキュメントの処理を自動化する機能、Document Information Extractionがあります。また、同社は、生成AIを導入して、職務概要の作成など、同社のHCM(人事・人材管理: Human Capital Management)システムの反復的なHR業務の自動化も行っています。
SAP社のSpend ManagementおよびBusiness Network製品は、生成AIを使用して、支出カテゴリーの分類を自動化します。また、同社のCRMシステムは、生成AIを使用して、顧客の好みや購入履歴へのアクセスを自動化することによって、セールス チームがよりパーソナライズされた顧客対応を行えるよう支援します。
SAP社のデータ、アナリティクス、およびAI向けオファリングであるBusiness Technology Platform(BTP)は、SAP社の多くの生成AI機能の基盤です。これらの製品特有の機能の多くは、SAP顧客に新たなユーザー インターフェースおよびエクスペリエンスを提供するJouleを通じて使用可能になります。Jouleは、インテリジェントな検索エンジンとしても機能し、SAPユーザーは、SAPアプリケーション全体で横断的にデータを探索し、より迅速に質問に対する回答を得ることができます。
また、SAP社は、BTPの一部として、SAP AI CoreでGenerative AI Hubを提供しています。このコンポーネントは、SAP顧客がLLMへアクセスできるようにし、また、生成AIシステムのセキュリティおよびプライバシー設定の管理も支援します。SAP社では、同社の生成AI機能へのアクセス料金の請求は、「AIユニット」と呼ばれる指標を通じて行われます。
今年、IBM Institute for Business Valueは、SAP環境での生成AIの実装の特徴を探ろうとした「 AI in ERP (ERPにおけるAI)」と題する調査レポートを公開しています。このレポートでは、SAPデータで生成AIソリューションを導入している組織は、そうでない組織に比べて、より高い収益性を実現していると結論付けています。