ハイブリッドの聖杯の探求:フリクションレスなクラウドへの道
「聖杯の探求」というのは、時代を問わず常に文学やエンターテイメントのモチーフとなってきましたが、聖杯の探求が行われるのは、ほぼいつも、聖なる遺物を捜し求める主人公たちに、生存に関わる脅威が及ぶからです。ビジネスの世界でも、聖杯の探求は、いろいろな形で同じようによく目にすることがあります。ビジネスの世界の聖杯を早く見つけるための近道は、ハイブリッド クラウドを採用することだと企業は気付いているようです。最近の調査によれば、ハイブリッド クラウドの採用によってもたらされる価値は、パブリック クラウドのみのデプロイでもたらされる価値の2.5倍であるそうです。しかし、すべてのハイブリッド クラウド プラットフォームが、神の下に平等に造られているわけではありません。
IDC社の「 The Road to Hybrid Multicloud(ハイブリッド マルチクラウドへの道)」と題する記事で、マーケット リサーチャーは、「クラウド コンピューティングの世界における「聖杯(the Holy Grail)」というのは、複数のパブリック クラウド、プライベート クラウド、さらには従来型インフラストラクチャーにわたって一貫性のあるエクスペリエンスおよび一元的な管理機能を提供する、フリクションレスな(摩擦を生じさせない)ハイブリッド マルチクラウド アプローチです」と説明しています。多くの組織がこの目標に向かって奮闘している最中なのだと思いますが、ここでは、「フリクションレス」とはどういうことなのか、そして、フリクションレスなハイブリッド クラウドを採用しないことで陥る落し穴について読み解いてみたいと思います。
アプリケーションおよび管理で生じる摩擦
市場に目をやり、クライアントの話を聞いていると、一部のユース ケースのためにパブリック クラウドを利用し始めるものの、一番肝心なミッションクリティカルなアプリケーションの多くは、依然としてデータ センターにオンプレミスで置かれているといったケースがよく見受けられます。これらのアプリケーションは、社内で開発された「自社製」であるか、企業特有のニーズに合わせて高度にカスタマイズされたISV製品であることがほとんどであり、そうしたアプリケーションの移行を検討した場合、リファクタリングしてパブリック クラウドへ移行するコストの方が、移行した場合の便益より高くついてしまうようです。組織が拡大し続けるにつれて、このことがカスケード効果を引き起こすこともあります。サイロ化されてはいるものの、クリティカルであるオンプレミス アプリケーションはますます孤立化され、IT管理者が様々なITアーキテクチャーにわたるアプリケーションの管理に費やす時間は、ますます増大して行くのです。
フリクションレスな世界では、ハイブリッド クラウド アプローチは、アーキテクチャーの一貫性を容易に確保することができます。このことが意味するのは、既存のオンプレミスのアーキテクチャーとクラウド プロバイダーのアーキテクチャーが一致しないからといって、ユーザーがサイロ化について心配する必要がなくなるということです。また、そのことは、特定のワークロードを最大限に活用するための適切なアーキテクチャーを、ユーザーが選択できないということを意味するわけでもありません。オンプレミスおよびクラウドの両方でアーキテクチャーが一貫性しているハイブリッド クラウド プラットフォームは、この上なく最善のものをユーザーにもたらすため、ユーザーはフリクションレスへさらに一歩近付くことができます。
おまけに、ハイブリッド クラウド戦略を導入することで、DevOpsの迅速化につながる可能性もあります。チームは、新たなアプリケーションのコンテナ化環境を即座にスピン アップしたり、その環境を使用して新たなモダナイズされたまたはクラウドネイティブなアプリケーションをデプロイして、非常に少ないコストで本番ワークロードに接続したりすることが可能になるからです。つまり、より多くの新たなアプリケーションを試し、それらを本番ワークロードにシームレスに統合することができるということです。
スケーリングで生じる摩擦
IDC社の「フリクションレス」の定義でカバーされていないことの1つは、スケーリングです。パンデミックによってもたらされた、標準的とされてきたビジネス慣行の劇的かつ突然の変化で分かったように、ハイブリッド クラウドのフリクションレスなスケーリングは、企業にとって極めて重要です。パブリック クラウドでは、スケーリングは、クレジット カードを選んでリーダーに通すのと同じくらい簡単だと思われているかもしれません。理論上は良さそうですが、実際には、それくらいスムーズではあることはめったにありません。これは、組織のミッションクリティカル アプリケーションの多くが大量のデータに関連付けられているからであり、そのため、それらのアプリケーションへの要求が急増する場合は、データがどこに置かれているのか、どのようにアクセスするのかについて、検討する必要があります。だからこそ私たちは、フリクションレスなスケーリングが含まれるように、フリクションレスなハイブリッド クラウドについての定義を拡げてきたというわけです。スケーリングしようとしているリソースがどこに置かれているかは関係ありません。
真のフリクションレスなハイブリッド クラウド アーキテクチャーは、パブリック クラウドのクラウド的なスケーリング機能を、ハイブリッド インフラストラクチャー全体に拡張させます。同じダッシュボード内でクラウド インフラストラクチャーをスケーリングできるだけでなく、簡単なボタン クリックでオンプレミス システムに対してスケール アップおよびダウンできるからです。このダッシュボード内では、フリクションレスなハイブリッド クラウドのユーザーは、オンプレミスおよびオフプレミス両方で、ハイブリッド環境全体にわたるキャパシティーを即座にアンロックしたり、そのキャパシティーをリソース全体に動的に移動したりすることができる権限を持つことになり、その結果、急増時に必要とされるワークロードは、管理する追加のリソースにアクセスでき、その後、必要でなくなったらスケール ダウンすることができます。一般的なアプリケーションの多くでは、ライセンス料がコア数ベースになっているため、コアを動的にアクティベート/ディアクティベートできることで、組織にとってコスト節減の促進にもなります。
すべてをまとめる
では、フリクションレスな環境が実現されたとしたら、どのようことになるでしょうか。これは想像の世界の話ですが、それほど遠くない未来のシナリオを描いてみましょう。King Arthur Industries(キング アーサー工業)という会社が、年末の休暇シーズンに間に合うように、新製品の盃の発売に向けて準備を行っているようです。この新発売の盃は、電子レンジ/食洗機対応製品であり、お好みの飲み物を注いでの毎晩の晩酌にもってこいということです。King Arthur Industries社CIOのLance A. Lot(ランス・A・ロット)氏は、例年の休暇シーズン商戦と、新製品の発売が重なることで需要の劇的な急増が見込まれることから、抜かりなく準備をしておきたいと考えています。
King Arthur社のオンプレミスの本番環境は、1年、12か月のうちの11か月間の同社のニーズに応えるだけのキャパシティーがあることは分かっていたため、オンプレミスのサーバー環境を拡張するための予算も時間も準備はしていませんでした。ただし、従量課金制で使用することができる未使用のコアが残っており、また、プレ本番および開発環境の一部は、クラウドへ移行可能という状況です。まずは、従量課金制のキャパシティーによってすぐにオンプレミスのスケール アップを行います。けれども、さらに多くのキャパシティーが必要でした。オンプレミス インフラストラクチャーとクラウド インフラストラクチャーとの間でアーキテクチャーに一貫性があったおかげで、プレ本番ワークロードが中断なく稼働し続けられるようにしたまま、プレ本番および開発環境をクラウドベースのリソースへシームレスに移行できたため、さらに多くのキャパシティーを解放することができました。
新製品の盃は大好評を博しました。それでも、King Arthur Industries社はオンライン販売での注文の急増を難なく処理し、すべての顧客注文にオンタイムで対応できたようです。注文急増がひと段落すると、CIOのLance A. Lot氏は、従量課金制モデルによってインフラストラクチャー コストを低減させ、一時的に移行したワークロードをオンプレミスに戻し、クラウドのプレゼンスをスケール ダウンしておきました。けれども、彼は、次の急増期に向けての成功戦略をすでに練っています。休暇シーズン商戦のように予測できる急増対応であっても、King Arthur Industries社の操業に支障が出ないようにするために迅速に対策を講じなければならないような予期せぬ急増対応であっても、成功戦略は万全のようです。
フリクションレスへ移行するか、さもなくば、ここから去れ
クラウドに関しては、クラウド コンピューティングの期待に応えられる可能性のあるモデルは1つだけです。それがハイブリッドです。ハイブリッド クラウド モデルのうち、企業に聖盃をもたらすことができるのは、フリクションレスなモデルだけです。多様なリソースおよびプラットフォームにわたってアプリケーションを管理できるようになることで、DevOpsによって企業を成功に導く方法を革新できるようになり、オンプレミス、オフプレミスを問わず、IT環境全体にわたる動的スケーリングによる効率性向上やコスト節減が促進されます。これこそが、私たちIBMがフリクションレスなハイブリッド クラウド プラットフォームについて抱いているビジョンであり、私たちは、それが顧客にとっての現実となるように一生懸命、取り組みを続けているのです。