量子コンピューティングとIBM i
一見したところでは、IBM i サーバーと量子コンピューターは、まったく別世界のもののように思われます。しかし、今日の量子コンピューティングの急速な進歩と、ビジネス コンピューティングの長い進歩の道筋の中でのミッドレンジ サーバーの立ち位置について考えてみると、両者は一般に思われているほど懸け離れたものではないのかもしれません。
量子コンピューティングをテーマに行われたWoehr氏とJesse Gorzinski氏とのパネル ディスカッションを聞いた人なら、そのような結論に至るのかもしれません。両氏のディスカッションは、先週の、 COMMON主催のIBM i Futures Conferenceでの、「From Hamilton to Hollerith: What's the Use of Quantum Computers?(ハミルトンからホレリスへ: 量子コンピューターは何の役に立つのか)」と題するJack Woehr氏のプレゼンテーションの中で行われたものです。
IBM i のコードを書き、このプラットフォーム上でオープンソース ソフトウェアで作業するのみならず、『 Dr. Dobb's Journal』(現在は更新停止中)のエディターも務めていたWoehr氏は、量子コンピューティング コミュニティでも積極的に活動しています。そうした活動が、40年に及ぶプログラマーとしての経験と混ざり合うことにより、量子コンピューティングの将来とIBM i の将来がどのように交わるのかということに関して、独特な見解が生み出されています。
Woehr氏の見解によれば、量子コンピューティングというのは、若手開発者が常に注目しておくべきものだということです。今日、この技術は、必ずしも主流の技術として採用される準備ができているわけではないものの、急速に進展しつつあり、知らんぷりを決め込んだら、将来、後悔することになるだろうと彼は述べています。
1940年代から1950年代に、組織が、今後はデジタル バイナリー コンピューターの時代になると認めてからパンチカード システムに見切りを付けるまで、しばらく時間が掛かったのと同じように、今日のデジタル バイナリー コンピューターと将来の量子コンピューターの間にも過渡期があるのだろうとWoehr氏は予測しています。
「デジタル バイナリー コンピューターが初めて登場したとき、彼らはパンチカード マシンにつないで、何ができるのか見てみようと言っていました。そして、そういうことなら、すでに行えているのに、そういうことを行うために、どうしてこんなに高価な機械が必要なのだろう、と疑っていたものです」とWoehr氏は述べます。「もちろん、今ならその答えは誰もが分かります。けれども、1946年から1953年の頃では、今ほどはっきり分かっていなかったのです。」
現代のコンピューターが私たちの生活にもたらしてきた変化について言い出したら、いくら言っても言い足りないでしょう。仕事や生活の多くの面がデジタル化されており、さらには、COVID-19の期間にデジタル化は一層進行しています。時価総額が世界で上位にある企業はテクノロジー企業ばかりです(データ企業と呼ぶ人もいるでしょうが)。
こうしたテクノロジーは、すべてデジタル バイナリー コンピューティングのプラットフォームの上で構築されてきました。これはブール代数を基盤としています。「私たちが今日、電子的に行っているすべてのことは、AND、OR、NOTという3種類の演算であり、デジタル バイナリー コンピューターが実際に行っているのはそれだけです」とWoehr氏は述べます。「デジタル バイナリー コンピューティングは、世の中にこれほど大きな影響を与えてきました。しかし、紙のパンチ カード マシンの操作の達人となろうとしていた人々にとっては、やはりこれもはっきり分かることではありませんでした。」
量子コンピューティングは、私たちが計算を行うやり方や、プログラミングを行うやり方、アプリケーションを開発するやり方を根本的に変えそうです。量子コンピューティングでは、2つのビットと3種類の基本的な演算の代わりに、新たな能力を解き放つ、はるかに有能な数学的基礎がもたらされるとWoehr氏は述べています。
「量子コンピューティングは、ブール代数に基礎を置いていないため、デジタル バイナリー コンピューターと比較して多次元的です」とWoehr氏は述べます。「量子コンピューティングは、線形代数に基礎を置いています。行列はベクトルで乗算され、行列とベクトルは複素数の行列とベクトルになっています。」
デジタル バイナリー コンピューティングでは、振幅だけが要素で、1と0が得られます。「しかし、量子コンピューティングは、まずは、振幅と位相が要素になります。そして、それ以外にも多くの違いがあります。デジタル バイナリー ビットですが、現在の計算方法に比べて、より多次元的です。そして、量子コンピューティングは、私たちが想像できないようなやり方で、世界を変える可能性があります。」
今日、量子コンピューターの開発の先頭を走っているのは、IBM、 Google、 Microsoft の3社であることはほぼ間違いありませんが、他にも世界中の多くの企業が、様々な設計プランを携えて、参入しようとしています。その中には、他よりもはるか先を進んでいるものもあります。この分野は非常に新しく、とても速いスピードで進んでいるため、近い将来でも、誰が先頭を走っているのかを見立てるのは難しいとWoehr氏は述べます。「私たちは、量子コンピューティングの世界で「コーカス レース」を走っているのです」と、彼は『不思議の国のアリス』の中で描かれている、ルールが滅茶苦茶な徒競走を引き合いに出して述べています。
実際、無秩序な量子の喧騒を表す技術用語があります。すなわち、Noisy Intermediate-Scale Quantum(NISQ: ノイズあり中規模量子)です。「そのことが意味することは、NISQはある程度は機能するということですが、NISQから正しい答えを得ることは難しいです。NISQが言っていることを実際に調べる必要があります」とWoehr氏は述べます。
問題の1つは、量子コンピューターはその状態を保持するのがあまり得意でないということです。マテリアルをその量子状態にして、そのまま保持することは、現時点では、まだ開発途中です。そのため、最適化問題(量子コンピューターが得意とする応用分類の1つ)の解決など、有用な作業を量子コンピューターに行わせようとすると、問題が起こります。
量子コンピューティングで行うべき作業はたくさんあり、その作業は極めて速く進行します。いつ、こうした問題のいくつかが解決されるのか、そして、いつ量子コンピューターが企業に採用されるくらい実用的になるのかは正確には分かりません。しかし、今や誰も疑わないことが1つあります。それは、量子コンピューティングが本当に機能するのかどうかということです。
しかし、11年前には、そのような状況ではありませんでした。
「2010年には量子コンピューティングが実在するのかどうか、いくぶん疑問視されていました」とWoehr氏は述べます。「科学界でさえも、これが実在するのかどうか疑問視していました。しかし、量子コンピューティングは事実、機能するのであり、今ではそれが機能することを私たちは知っています。」
主な利点は時間的優位性だと彼は述べています。演算子や量子状態の空間が豊富にあるため、量子コンピューターは、従来のバイナリー コンピューターに比べて、著しく高速に問題を解決します。
最適化問題は、量子コンピューター向けの最も有望な領域の1つだとWoehr氏は述べます。たとえば、鉱山からどれくらい多くの鉱石を取り出せる可能性があるかという計算に、多くの時間を掛けている企業があります。そうした企業は、燃料費、人件費、天候、市場価格といった変数とともに、鉱山内での鉱石の配置も考慮します。
「実に多くの変数がある、このような実に巨大な最適化問題です。彼らはそれらをスーパーコンピューターに入れ、数週間、実行します」とWoehr氏は述べます。「量子コンピューティングは、期せずして最適化が非常に得意です。」
これこそが、量子コンピューティングの将来とIBM i の将来が交差するかもしれない場面です。今日、開発者は、Qiskit(IBMが後援するプロジェクト。「キスキット」と読む)のようなオープンソース フレームワークを使用して量子コンピューターをプログラミングしています。Woehr氏とGorzinski氏はいずれも、Qiskitコミュニティで積極的に活動しています。ディスカッションの際、Woehr氏は、IBM Qコンピューターで、Qiskitで開発されたグローバーのアルゴリズムを使用してどのようにして最適化問題を解決することができるかについて説明を行っています。
彼らが解決しようとしていた問題は、1バッチのビールを醸造するための材料の最適な組み合わせの問題であり、これは多くの業界やユース ケースへ応用できそうな問題でした。グローバーのアルゴリズムは、IBM i 開発者たちに馴染み深いタイプの応用問題の解決に利用することができるとWoehr氏は述べています。
「突然、ここにいるリスナーすべてが、これがどのような問題でもよいことに気付くでしょう」と彼は述べます。「グローバーのアルゴリズムはどのような問題でもよいのです。変数が多数あるどのような問題にも応用できます。いくつかのそれらの状態の組み合わせは有効な解となり、いくつかの組み合わせはなりません。」
Gorzinski氏は同意します。「大変動が来つつありますが、多くの業界、特に、今日のIBMリスナーがおそらく属している業界にとっては、あちらこちらに実際の応用ユース ケースがあるという考えに戻って来るのだと私は思います」と彼は述べます。「その将来シナリオは激しい競争です。人々はこの技術を採用したいと思うようになるだろう、というのが私の考えです。」
量子コンピューティングは、10年後、あるいは20年後でさえ、主流の技術となっていないかもしれません。しかし、この分野の進歩のスピードは日に日に速くなっているとWoehr氏は述べます。今日、コンピューティング業界でキャリアをスタートさせようとしている人は、この分野がどのように進展しているか、常に注目しておくのが賢明です。
「今、量子コンピューティングに目を向ける理由は、自分が今いる位置を知るためでしかありません」と彼は述べます。「あなたの組織の中で量子コンピューターを目にするようになるまでは、しばらく時間が掛かるかもしれません。しかし、その日はやって来ます。今、あなたが20代だとしたら、あなたが今の私の年齢になる前、もうすぐ引退となる前には、その日が来るのは間違いないでしょう。」